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それ、照れます!

照れたら書き、書いたら照れる。三十超えて頬を赤らめ、ひとりゆく。上平格子の「照論文 」

◯◯◯◯tokyo

社交で照れる

「◯◯◯◯tokyo美味しいよ」

「◯◯◯◯tokyo楽しかったよ」

「◯◯◯◯tokyo綺麗だったよ」

 

 それよりも、なによりも、tokyoのイントネーションが気になってその人の話は覚えていない。東京ではなく、tokyoなわけだから、その音階は理解はしている。◯もたいがい英語なわけで。

 けれど、ナチュラルに「◯◯◯◯tokyo」と言える人は都会的だなと感心が止まらない。いや、正直、照れるのだ。ぼくは地方から東京に出てきて十年以上になるが、方言は出ないとはいえ、お上りさん根性はなかなかに消えない。だからと結論づけられる。それで構わない。

「東京! 狂った街〜」とロック高らかに歌うことにはなんら抵抗もないけれど、例のやつは、

「◯◯◯◯tokyoっていう名前のお店あるじゃん?」くらいに水で割らないと、ぼくはまだ発音できない。

「◯◯◯◯tokyoいいよね。おれもこのあいだ行ったよ。インスタあげといたし」ストレートで言える人がまばゆい。それを言う人は男女問わず、グレーのスニーカー履いて、クラッチバッグ小脇に抱えて、チェスターコートを着ている傾向にあるように感じ、この気づきがこの照明を助長させているようにも自分で思う。東京は絶対的に洒落ているのだ。江戸の頃からそうなのだ。いまにはじまったことではない。これでいいのだ。明るい都市なのだ。

 実際、地方の人も「東京◯◯」という銘菓でもないお菓子をお土産でもらうより、「◯◯◯◯tokyoいう所はどがなっとるん?」話のほうが聞きたいのではないだろうか。

 こんなことばかり考えているぼくは、だから、この東京砂漠でひとり寒い思いをしているのかもしれない。今夜はスープだ。スープがいい。